エルマ神殿の外にいた騎士達。彼女達は全てを見ていた。エルマ神殿で何があったのか。 ライカとアーネスカ。魔術師として非常に優秀なこの2人が、理由はどうあれ戦うことになった。 騎士達はアーネスカからエルマ神殿の外に出ているよう強く言われたという。ライカさんが魔術師として優れた人間であることと、そのライカさんが何者かに支配され、アーネスカと魔術合戦が始まったとき、エルマの騎士から被害が出ることを恐れてのことだったらしい。 騎士達はアーネスカの指示に従って全員エルマ神殿の外に出た。 そして、今エルマ神殿の大聖堂にてライカとアーネスカの戦いが繰り広げられているのを俺は目撃したわけだ。 なるほど……。アーネスカの指示は正しかった。 床も壁もボロボロになるほどの戦い。他のエルマの騎士達を外に出していなければ何らかの被害が出ていたかもしれない。 「マナジェクトを……奪う?」 アーネスカが俺に問う。 マナジェクトとは魔力を生み出す石のことで、魔石とも呼ばれる鉱石のことだ。 希少価値が高く、それ1つで巨大な魔術装置を作れるだけのエネルギーを内包している石で、人間の持つ魔力に反応して半永久的にエネルギーを発生させるだけの力を持つ。 城や特定の範囲内に長期的に結界を張り続けたり、莫大な魔力の貯蔵を行うために使われたりする。 人間の魔力が人間の生命エネルギーそのものであるのに対し、マナジェクトに宿る魔力は大地に宿るエネルギーであると言われているが、詳しいことはよく分かっていない。 希少価値が高い理由は中々見つけられないからだ。過去に多くの有権者や王族が大量に手に入れたため、今では中々手に入らない貴重な石となっている。 「なあ、アーネスカ。一緒にスライム狩りでもどうだ?」 「……? 何言ってんのあんた?」 「ライカさんは寄生されている。ある虫にな」 「寄生虫ってこと?」 「ああ。しかも性質《たち》の悪いことに、人並みの知能を持った寄生虫だ」 「やっぱり憑き物の仕業だったのね……」 「そう言う事だ。なあ、スライム野郎」 俺がライカさんに、否、ライカさんに取り付いている精神寄生虫《アストラルパラサイド》にそう問う。 「クロガネ……」 「てめぇの目的は、エルマ神殿にいるエルマの騎士に寄生し、エルマ神殿で使われている結界魔術発動のためのマナジェクトを奪うこと……。違うか」 「そこまでばれているのなら……もう一々隠す必要はないか……」 ライカさんの口調は今まで聞いたことのないものだった。俺が今まで見てきたライカさんは精神寄生虫《アストラルパラサイド》によって作られたものだったんだ。 俺が出会うずっと前からライカさんは寄生されていた。そして、今この状態になってやっと俺達はたどり着いたわけだ。ライカさんに取り付いたものの存在に。 「クロガネ……お前さえいなければ……計画は順調だった……オマエさえ……!!」 ライカさんの表情を醜いほど憎しみに歪ませて、俺を睨む精神寄生虫《アストラルパラサイド》。 「俺がいようがいまいが、大した変わらなかったと思うがな。それにだ、お前の仲間の精神寄生虫《アストラルパラサイド》や、お前らの親玉だったノーヴァスはもうこの世にいない。今更必死になってマナジェクトを手に入れようとする必要はないと思うがな」 「ナンダト……?」 表情に変化がなく、口調だけが変化する。人間としてのしゃべり方が徐々に失われてきている。 「オレ……ノ、ナカマ?」 動揺かただの問いかけか、ライカさんの姿を借りた精神寄生虫《アストラルパラサイド》は途切れ途切れに言葉を繋ぐ。 「お前のほかにも存在した精神寄生虫《アストラルパラサイド》も、ノーヴァス本人も死んだと言っている。お前が必死になってマナジェクトを探す理由なんてもう存在しないってことだ」 「……」 ライカさんに取り付いた精神寄生虫《アストラルパラサイド》は何も言わない。何を考えているのか、こちらには検討がつかない。 「零児……何を言っているのかよくわからないんだけど」 「あとで説明する。今はライカさんに取り付いた奴を排除することのほうが先だ」 「クッ……クククク……」 ライカさんの顔と声で、精神寄生虫《アストラルパラサイド》が笑っている。 何がおかしいのだろうか。 「ソウカ……オ、オレハ……ジユウ、ダ……!」 「!?」 突如、ライカさんは跳躍し魔術師の杖を槍のように突き出し俺を襲う。 俺は咄嗟にに自分の剣、ソード・ブレイカーを抜き、その攻撃を弾き飛ばす。そして、数歩下がって距離を取った。 「どうした? 気でも狂ったか?」 俺はライカさんを挑発する。ライカさんに取り付いた精神寄生虫《アストラルパラサイド》は、口元を吊り上げて笑いながらしゃべる。 「フフフフ……この女の体をカンゼンにシハイして、まずはおマエタチをコロす! オレはもうノーヴァスのサシズをウけるヒツヨウがない! オレはジユウになる! ジユウとなってオレのスきなようにイきる!」 「いいぜぇ……相手になってやる。お前如きに俺を殺せると思うなよ!」 「ク、フフフフフフフフ……!」 「零児!」 「どうした!?」 アーネスカが悲しいような辛いような表情で俺を呼ぶ。 「ライカは……本当はこんなことするような人じゃないの! お願い! ライカを救ってあげて!」 「任せろ! そのために俺はここに来た!」 「それと、ライカはさっきからかなり強力な魔術ばかりを使ってる。回避が難しい魔術ばかりだから、動き回ったほうがいいかもしれない!」 「わかった!」 動き回るなら俺の専売特許だぜ! 「いくぞぉ!」 俺は勇み、全身の体をバネにして走り出す。 「ドラコニス・ボルト!」 ライカさんが雷の魔術を発動させる。聞いた瞬間俺はアーネスカの言葉を理解した。確かに雷《いかずち》系魔術は回避が難しい。 光の速さで凄まじい衝撃が襲うのだ。普通に走って回避できるような魔術ではない。 だが、俺の速さには及ばない! 俺は魔術の発動と同時に跳躍し、壁を走る。ライカさんが放ったドラコニス・ボルトは、俺の跳躍と同時にその対象を失い、地面に激突し地面を抉《えぐ》る。 「誰も俺に追いつけはしねぇ!」 俺は叫ぶと同時に跳躍した時の勢いを利用して、壁に対して自分の体重を乗せる。同時に膝を曲げ、ライカさんに向かってさらに跳躍する。 魔術師の杖さえ奪えれば、戦力をそぎ落とすことが出来る! 「レイ・バリア!」 俺がライカさんに向かって跳んでいった刹那、ライカさんは結界魔術を発動する。 剣による戦いが隆盛を極めた時代に生み出された魔術。防御を盾に頼ることなく敵の攻撃を防御できることを利点として開発された魔術だ。 俺はさっきから右手に持っていたソード・ブレイカーをそのバリアに突き立てる。しかし、俺の剣ではレイ・バリアを打ち破ることが出来ず、俺は地面に足をついた。 「剣がダメでもこれならどうだ!」 俺は自らの右足を高々と掲げ、そのままそれをレイ・バリア目掛けて振り下ろす。 「断地鋭蹴《だんちえいしゅう》!」 同時に叫び魔術を発動する。俺の靴にあらかじめ仕込んでおいた魔術発動のためのキーワードだ。 魔術を発動する媒体は基本的になんでもいい。それが靴だろうとグローブだろうと。俺の場合それが靴であり、主に蹴り技のための打撃系魔術の発動を得意としている。今俺が放ったのは自身の身体能力と組み合わせて発揮する魔術だ。 ネルとの違いは拳を主とするかどうかの違いだ。 今俺が放ったのは、いわゆるかかと落とし。それのすごいバージョンだ。 俺の放った断地鋭蹴はライカさんが発動したレイ・バリアをいともたやすく破壊し、地面に激突し石畳の床を叩き割る。 ライカさんの肉体を傷つけるわけには行かない! ならば、魔術師の杖を奪い奴の行動を封じるしかない。 俺は後ずさるライカさんに接近しつつ、ソード・ブレイカーを鞘《さや》に収め、右手でライカさんの魔術師の杖を奪う。 「キ、キサマ……!」 ライカさんは俺を睨みながら両手で魔術師の杖を奪われまいと杖を握り締めて放とうとしない。 いくら相手が女性でも両手と片腕ではその差は大きい。ならば! 「だりゃあ!」 俺は自らの額でライカさんに頭突きをかました。 「ガッ……!」 一瞬力が抜けたのを見逃さず、俺は魔術師の杖をライカさんから奪い取り、地面に放り投げた。 俺は自分の胸ポケットから一枚のお札を取り出す。そして、数歩後退したライカさんの胸元にそれを貼り付けた。 「ナンだこれは……? ハッ……グッ……ガアアアアア!!」 その途端、ライカさんは悲鳴を上げ自らの体を抱きしめその場にうずくまった。 「世界的にはメジャーではない、天乃羽々羅《あまのはばら》って国の魔術の一種さ。憑き物に取り付かれた人間から憑き物を祓《はら》うために使われるものでな……」 俺が説明している間にもライカさん、否、ライカさんに取り付いた精神寄生虫《アストラルパラサイド》がもだえる。 「本来は憑き物を落とすために魔方陣と礼装、その他諸々準備が必要なんだが、そのノウハウをまともに持っていない人間がその場で憑き物を落とすために作られたのが、今お前の胸元に貼り付けた『憑き落としの札』だ。人間の肉体そのものにかなり大きな負担をかけるため、あまり使うべきものではないんだがな」 「ウウウウ、グウウウウウッ……!!」 ギョロリと俺を睨みつけるライカさんの瞳。殺気を込めた瞳は俺を本気で憎んでいることの証明だろう。 「そのお札は人間の肉体に宿る免疫力の膨大な活性化と、取り付かれた人間の魔力に精神浄化作用を与えることによって憑き物を殺す。さっさとライカさんの体を手放さないと、ライカさんの体内で死ぬことになるぞ!」 「オ、オノレ、クロガネェ……。ウ……!」 ライカさんが一瞬うめいた。次の瞬間。 「ウオオオオオエエエエエェェェェェェ!!」 ライカさんは自らの口から大量の赤いスライムを吐き出し始めた。 「ウッボォォオオォォオ……ッガアアアアア……!!」 そして、その赤いスライムに紛れて、ライカさんの口からあの精神寄生虫《アストラルパラサイド》の本体である芋虫が吐き出された。 ドチャリと音を立てて、それは床に落ちる。 「あ……あ……」 正気を取り戻したライカさんはガクガクと膝を震わせ、うつろな瞳で虚空を眺める。と思ったそのとき、ゆっくりと膝を突きうつ伏せに倒れた。 「あれが……」 アーネスカは震える声でそう漏らす。 「ああ、あれがライカさんに取り付いていたものの正体だ!」 アーネスカが立ち上がってライカさんに向かって近づこうとした。 「待て!」 俺は右手でアーネスカを制する。 同時にスライムが動きだし、精神寄生虫《アストラルパラサイド》共々、スライムは人の形を形成した。 『フッ……フフフフフフ……!』 不気味な高笑いが大聖堂に響き渡る。 『ア〜……ザンネンだ?』 赤いスライムは俺を見ながら言う。 「あん? 何言ってる?」 『セッカクジユウになったとイうのに、いきなりニンゲンのニクタイからハイジョされるとは……』 どうも奴は人間の肉体に居心地の良さを感じていたらしい。寄生虫の気持ちなんて考えたくもないが、やはり魔力を食らうコイツ等にとってライカさんのような強力な魔術師は格好の餌場だったのかもしれない。 『オマエタチはアトマワし、だ。あのコムスメドモをまずはクらうとしよう……。フ、フ、フフフフハハハハハ!!』 言いたいことだけ言って、赤いスライムは大聖堂内にあるテラスのガラスをぶち破り、外へと出る。 そこは俺と火乃木が脱出の際に使ったガラスと同じ位置に値する。 大聖堂内は侵入者を防ぐため出入り口以外は基本的に出入り不可能になっている。2階のテラスの窓ガラスをぶち破ることならそれは可能になる。つまり、奴を追うためには奴と同じ所から出るか、エルマ神殿の入り口から外に出る以外にない。 大聖堂内に突き立っていたでかい十字架を使えば登れるが、今はそれがない。だから俺でも外に出ることは出来ない。 「マズイ! 外にはエルマの騎士達がいる! このままじゃあの子達……!」 「アーネスカ! お前はライカさんの方をどうにかしろ! ライカさんは今魔力をほとんど吸い取られて立ち上がることさえまともに出来ないはずだ!」 「あんたはどうするの!?」 「俺は奴を追う! しゃべっている時間がもったいないから、俺はもう行くぞ!」 「……わかった!」 俺は大聖堂を出て、まっすぐにエルマ神殿の入り口を目指す。 大聖堂からエルマ神殿の入り口まではそれほど離れていない。俺はすぐにエルマ神殿の外に出ることが出来た。 外では既に戦いが始まっていた。 エルマの騎士達は思い思いに攻撃魔術を発動し、赤いスライムに攻撃を加える。 中には炎系魔術も含まれているが、長期間の寄生によって得た魔力とスライムの結びつきが強固なためほとんどダメージを与えることは出来ない。 『フハハハハハ……キカン! キカンゾーーーー!! ハハハハハ!!』 高笑いをあげながらスライムは自身の体の一部をエルマの騎士達目掛けて飛ばす。粘度の高いスライムがエルマの騎士達に振り撒かれる。 「ああ! 魔術師の杖が……!」 「体が……体が焼ける! 熱いいいいい!」 「いやああああああ!!」 まずいな……パニックになってやがる……! 「全員下がれぇ! 下がれ下がれ下がれぇぇ!!」 俺はあらん限りの声を張り上げ、エルマの騎士達に向けて言った。 同時に右手に魔力を込め、長剣を一本作り、赤いスライムの顔面目掛けて投げつける。 「自重しろや!」 剣が赤いスライムの顔面に突き刺さると同時に、俺は剣を爆発させてその頭を吹っ飛ばす。 しかし、すぐさま吹っ飛ばした頭が再生し、再び顔を形成する。 『イテェな……オマエ……!!』 やはりダメージは小さいか……!! 「クロガネ君!」 そのとき、ネルと火乃木、シャロンの3人が現れた。 「一体どうなってるの!?」 「説明してる時間はない!」 「そう。けどノーヴァスの館で戦ったときより、大分小さいね」 「その代わり人間並みの知能を持ってる。同時に魔力もかなりの量だから、あのときよりダメージは与えにくいかもしれない」 「厄介だね……!」 『クッフフフフフ……』 なんだ? さっきから何がおかしいんだ? 『ジャマばかりしおって……! おマエタチのアイテはアトだ!』 「何!?」 途端、赤いスライムは自らの足を長く伸ばし、大きくジャンプしてエルマ神殿の敷地の外へ出て行った。 「くっそ……。俺は奴の後を追う! 3人は大聖堂に言って、アーネスカに事情を説明してやってくれ!」 「ちょ、ちょっと待って! どうしてレイちゃん1人で行くのさ!?」 「お前やシャロンじゃ俺が全力疾走したらついてこれないだろ! エルマ神殿では馬くらいいるはずだ! だから後で来い!」 「分かった!」 「ネルさん!?」 あっさりと俺の言うことを了承するネル。火乃木は納得していないのか疑念の表情でネルを見る。 「火乃木ちゃん。クロガネ君のことを考えるなら今はクロガネ君の言うとおりにしたほうがいい。アーネスカは一流の魔術師だから、何かしら力を貸してくれるだろうし、クロガネ君の足には私達じゃついていけないのも事実だからね」 「それは……」 「私も……ネルの言うことに賛成」 「シャロンちゃん……」 「レイジは、私達のために、ここにいる人たちのために言ってるんだと思う。だから……」 「……分かった」 火乃木は渋々ながら頷いた。 「無理しないでね! レイちゃん!」 「ああ、任せておけ!」 俺は3人に背を向けて全力で赤いスライムを追った。 |
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